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名古屋高等裁判所 昭和56年(う)67号 判決

主文

一、被告人株式会社大黒商事の本件控訴を棄却する。

二、原判決中被告人近藤勲美、同近藤裕に関する部分を破棄する。

被告人近藤勲美、同近藤裕をそれぞれ懲役一年及び罰金三〇万円に処する。

被告人近藤勲美、同近藤裕において、右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

被告人近藤勲美、同近藤裕に対し、この裁判確定の日からそれぞれ一年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人三名の弁護人冨田博作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の論旨)について

所論は要するに、被告人らは出金者から金員を受領するときはすべて借用金証書を出し、返済の時期も定めて消費貸借契約により真実の借入れをしたもので、本件行為は預り金をしたものではなく、また被告人近藤勲美(以下単に被告人勲美という)は豊川市議会議員、同市ロータリークラブ会員、同市商工会議所会員であり、豊川市のような小都市では被告人勲美、同近藤裕(以下単に被告人裕という)の親戚縁者が多く、知己も多数であつて、本件出金者五八六名とそれぞれ個人的なつながりがあるものも格別異とするに足らず、出金者は一般大衆などではなく、すべて特定の者である。しかも被告人勲美、同裕は出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律二条(以下単に法二条という)の解釈について大蔵省銀行局特殊金融課長の東京都経済部長宛昭和三〇年二月二四日付の「本条で禁止している預り金とは『預金、貯金又は定期積金の受入』或は『これらと同様の経済的性質を有するもの』を謂うのであり、借入金そのものは禁止しておらず……金銭の受入は、本質的に借入金そのものと認められる限り本条の禁止にふれるものでないと解する」との回答書写を説明会で貰い、これに従い前記のとおり借用金証書を出して真実の借入金をなしていたもので、本件行為は正当な行為で違法性を阻却するものであり、右被告人両名は法が許容しているものと信じていたもので法二条違反の犯意もなかつたのである。しかるに、措信し難い出金者らの司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の各捜査報告書等に基づき本件行為を不特定且つ多数の者から業として預り金をしたとし法二条に該当する旨認定した原判決には事実の誤認があるというのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、原判決挙示の各証拠によれば、

一、被告人株式会社大黒商事(以下単に被告人会社という)は昭和二九年一月一三日設立され、代表取締役近藤保美が同年八月九日金銭の貸付、手形貸付、証書貸付等を営業目的とし、貸金業の届出を愛知県知事宛提出して営業を開始し、当初は近藤保美が自己資金のほか親戚、近隣の友人らから金員を借用して貸金の資金に充てていたが、その堅実な営業方針と経営状態は順次顧客の信用を得て順調に発展し、次第に営業の規模を拡大し、本件行為当時登記簿上は資本金五〇〇〇万円、代表取締役として近藤保美、同人の二男である被告人勲美、保美の四男である被告人裕、取締役として竹尾福一らを役員として掲げているが、現実には昭和四二年四月ころから近藤保美は老令のため会社業務から退き被告人会社会長という名誉職につき(昭和五四年一二月一七日死亡)、被告人勲美が被告人会社社長として業務全般を掌握し、被告人裕は専務として金銭貸付、商業手形の割引及び金員の受入れ等の業務を担当し直接従業員を指示監督し、竹尾福一の役職は名目上のもので、実際には被告人会社外交担当として勤務しているものであり、被告人会社の営業目的も不動産を担保とする金銭貸付及び商業手形の割引、不動産の売買、仲介、賃貸、評価及び鑑定と多岐になつたが、被告人会社はこれまで中小企業等協同組合法による信用協同組合の認可を受けているなど業として預り金をすることを法律上許容されている者ではなかつたこと、

二、本件行為当時被告人会社は男女一二名の従業員を雇用し、これら従業員を庶務部門、金銭貸付部門、外交部門にそれぞれ配置して、本件のいわゆる借入金受入れの業務を行つていたが、その業務内容は、被告人会社が出金者に弁済期には利息を付して元金を返済する旨を約し、借入金名義で出金者から期間、利率を定めて(昭和五二年六月三〇日までの間は、一年のもの年一割、六か月のもの年八分、三か月のもの年六分、昭和五二年七月一日から昭和五三年四月二〇日までの間は一年のもの年九分、六か月のもの年七分、三か月のもの年五分、昭和五三年五月一日から期間一年のもののみで年八分)無担保で金銭を受け入れ、出金者には定型的な用紙を用いた借用金証書を差し入れ、集まつた金員を金銭貸付、手形割引業務等の資金に充てていたもので、出金者からの受入れ方法は、被告人勲美、同裕が共同して担当従業員を指示監督し、原則として被告人会社の外交部門担当の内藤朋一、和田太一、西川正夫、湯浅純臣、芳賀淑郎及び前記竹尾をして、豊川市を中心として新城市、豊橋市の各一部に各担当地域を分担させ、その担当地区の出金者の自宅(一部は出金者の勤務先)に赴いて出金者から前記期間、利率の定めに従い金員を受け入れて、借用金証書を出金者に交付し、或いは満期となつた契約につき利息を出金者に交付して前記方法で再契約を結ぶ等の業務に専従させていたものであること、

三、これまで被告人会社は出金者に対して前記金員受入れの期間及び利率を厳守し、約旨に従い利息を付して確実に元本を返済し、或いは出金者と再契約を結び、出金者中には金員受入れ期間の途中で解約した者はなかつたこと、

四、原判示出金者と被告人会社及び被告人勲美、同裕との関係は、知人、近隣の人や被告人会社の元従業員らから被告人会社の評判を聞いて預けたとか、自己の娘や親族がもと被告人会社に勤めていた関係で被告人会社を信用して預金したとか、単なる預金者で被告人会社と関係のない者、或いは会長近藤保美から誘いを受けて預金して以来継続して現在に至つているなど多岐にわたるが、被告人会社が堅実な経営をしていることを聞いて、銀行や郵便局等に預金するよりも利息が高く、かつ安全確実な利殖方法として預金した者が大多数であつて、出金者五八六名中被告人勲美、同裕の親族縁故者にあたる者は約十数名、これと同視しうる親交のあるものは数名に過ぎないこと、

五、大蔵省銀行局特殊金融課長が法務省に照会の上昭和三〇年二月二四日付で東京都経済部長宛に回答した「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律の疑義について」と題する書面写によれば、右回答は法二条に関しては、貸金業を行う会社の役員、職員、株主、役職員又は株主の親戚知人並びに会社に関係のない第三者を掲げて、これらの者からの資金の調達が法二条二項にいわゆる「不特定且つ多数の者からの金銭の受入」に当るかとの問に対しての回答であつて、その骨子は法二条にいう「不特定且つ多数の者」とは個々的なつながりのない、しかも或る程度以上の複数の者を謂い、当該会社の役員と会社との間には個別化されたつながりが存すると認められる場合が多いが、会社の職員、株主というように定型化されたつながりは、個々人の識別は容易であつても会社との間に個別化されたつながりが存するものとは認め難い場合が多いし、まして役職員又は株主の親戚、知人や、会社に関係のない第三者に至つては本条にいわゆる「特定」の者とは認められないとしたうえ、本質的に借入金そのものと認められる限り前記の人々からの金銭の受入れは本条の禁止にふれるものではないと解するというのであつて、本件のような金銭の受入れが許容されるとする趣旨のものとは到底解しえないこと、

六、被告人勲美、同裕は法二条により預金、貯金又は定期積金の受入れ又はこれらと同様の経済的性質を有するものが預り金として禁止されていることを十分に認識し、本件行為がこれに該当することを知りながら前記方法により借入金名義で預り金をし、被告人会社の営業を継続していたものであること

をそれぞれ認定することができ、右認定に反する各証拠は後記のとおり措信することができない。

所論は出金者らの司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の各捜査報告書等が措信し難い旨を主張するが、所論指摘の捜査関係書類中出金者らの司法警察員に対する各供述調書は合計二一三通(出金者合計二一〇名)に及び、本件出金者総数の約三六パーセントを占めるところ、その個々の供述調書をみるに、いずれも出金者と被告人会社や被告人勲美、同裕との関係について具体的に触れた供述をしており、その例としては、単なる預金者である、被告人会社と関係がない、外交係員は知つているが、被告人勲美、同裕の顔は見たこともないという者から、知人、近隣の人や被告人会社の元従業員らから被告人会社の評判を聞いて預金するようになつたとか、出金者の娘、妹らが元被告人会社に勤務していたので被告人会社の業績を聞いて預金したとか、会長近藤保美から十数年前に預金の勧誘をうけて以来本件当時まで継続して預金している、或いは被告人勲美、同裕と同じ町内や隣り組で付き合つている関係から預金したとか、親の代から被告人会社に預金しているという者、更には極めて少数であるが、被告人勲美、同裕と親戚関係や親交があるなど多種多様であつて、これら出金者の各供述調書の記載内容をみれば、出金者らがことさら虚偽の供述をしたとか、司法警察員が事実を歪曲し、或いは出金者中特定の者に的を絞つて意図的に被告人らに不利な各供述調書を作成したとは到底認められず、いずれも信用性があると認めるのが相当である。そうとすると、出金者のその余の者については司法警察員作成の各捜査報告書及び出金者ら作成の上申書が証拠とされており、これらは一定の形式に従い出金者の住所、氏名、預り金の授受の場所、出金額等を記載したのみで、被告人会社及び被告人勲美、同裕との関係を記載していないが、前記供述調書の記載内容と同じように多種多様の関係にあると事実上推認できるうえ、原審証人池野かづ子、同田中哉代、同河村のぶ、同鈴木清子、同内藤兼好の各供述も前記認定に添うものであつて、右捜査報告書、上申書が出金者らの司法警察員に対する各供述調書と同旨のものであることを担保するものである。また所論は言及していないが、被告人勲美、同裕は本件行為について司法警察員から在宅のまま取調べを受けており、被告人勲美は合計七通、同裕は合計九通の各供述調書を作成されているが、その間に十分弁解の機会があつたと考えられるのに、その取調べ当初から本件犯行について詳細かつ具体的に供述し、すべて犯行を認め、本件は借入金名義に藉口して真実は一般の人から金銭を受け入れたもので、預金期間、利率を定めた銀行、郵便局の定期預金と同様の性格の預り金であつて、法二条に違背していることを知悉しながら本件犯行に及んだ旨を首尾一貫して各自供しており、その各供述内容も両者符合しており格別不自然、不合理と認められる点もないのみならず、被告人会社外交部門担当の各職員の司法警察員に対する各供述調書とも合致し、また前記本件金員受入れ業務の客観的態様からも右犯意の点を推認しうることからすれば、被告人勲美、同裕の司法警察員に対する各供述調書の信用性もまた十分に認めることができる。これに対し被告人勲美、同裕は原審及び当審公判廷で本件行為は特定の者からの借入金である旨供述を翻すに至つたが、その供述の変遷について納得できる弁明はなされていないのであつて、右原審及び当審公判廷での各供述中前記認定に抵触する部分は措信することができない。また被告人裕作成の上申書には、本件出金者五八六名はすべて被告人らと親戚か知己であるとして出金者各個人との関係について詳細に記載されており、原審証人飯田忠次、同小野まさ江、同松下式江、同服部兼三郎の各供述も上申書の一部を裏付けているような感はあるが、上申書記載の出金者との関係を個別に検討しても、出金者が個々的に被告人らと緊密に結ばれているとまでは直ちに認められない者が多いのみならず、前記措信しうる各証拠と対比照合すれば、前記認定の被告人らの親戚縁故者及び知己以外に同人らと同視しうる関係者が存するものとまで認められる程の信用性は右上申書及びこれに添う原審証人の各供述には存しないといわなければならない。

そして叙上認定の事実によれば、被告人らの本件行為は、借入金名義を用いているが、法二条二項にいう預金、貯金又は定期積金と同様の経済的性質を有する金銭の受入れに該当するものと認められ、特定の者からの借入金とは到底認め難く、それが消費貸借の性質を有するとしても、そのことは何ら右認定を妨げるものではない。また法二条二項にいう「不特定且つ多数の者」とは原判示のとおり一般大衆を指称するのであり、その中に少数の親族が含まれていたからといつてこれを除外すべきものではない(最高裁判所昭和三六年四月二六日大法廷判決参照)し、単に出金者と金銭の受入者との間に面識があるとか、儀礼的な交際があるという程度ではいまだ特定の者とは言い難いところ、前述のとおり本件の出金者は総数五八六名と多数の者であり、そのうち被告人らと親族縁故関係又は親交のある者十数名を除く大部分の者についてはかかる関係のあつたことは認められず、要するに被告人らは誰からでも同じ条件で金銭を受け入れていたということができるので、これらの者を一般大衆と認めて差支えない。従つて、本件出金者を不特定かつ多数と認めた原判決の判断もまた首肯することができる。更に被告人勲美、同裕が法二条に違反する預り金をするものであることを知りながら本件行為に及んだことも前記のとおりであつて、大蔵省銀行局特殊金融課長の前記回答書写の交付を受けていたとしても本件行為に違法性阻却事由は認められず、また被告人勲美、同裕の犯意は十分認定することができる。従つて原判決に所論の事実誤認の廉は見出だすことができない。論旨は理由がない。〈以下省略〉

(小野慶二 鈴木雄八郎 鈴木之夫)

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